東京高等裁判所 昭和39年(う)649号 判決 1967年3月06日
主文
原判決を破棄する。
被告人向島孝秋を懲役六月に
同関野久夫を懲役四月に
処する。
但し、被告人両名に対し本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。
原審及び当審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。
理由
一控訴趣意一(引用の原審弁論要旨を含む)について。
論旨は、原判示中津川には未だ河川法が施行されていないので、河川法上の河川区域は存在しない。然るにこれが存在するものとして被告人らの本件所為を同法違反の罪に問擬した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈、適用を誤つた違法があり、破棄を免れないというのである。
よつて按ずるに、河川法(明治二九年四月八日法律第七一号、河川法施行法(昭和三九年七月一〇日法律第一六八号)第一条により廃止されたもの、以下同じ)は明治二九年四月八日公布され、即日我が国全土に施行されたものと解するのが相当である。蓋し、河川法には後記のとおり施行期日及び施行区域に関する特別の定めがないこと、現行の法例(明治三一年六月二一日法律第一〇号)は河川法制定当時未だ制定されておらず、旧法例(明治二三年一〇月六日法律第九七号)は明治二三年一〇月六日公布され、その施行期日も同二六年一月一日と定められたが、これを同二五年一一月二二日法律第八号をもつて同二九年一二月三一日まで、次いで同年同月二八日法律第九四号をもつて同三一年六月三〇日まで延期されたうえ、前記現行の法例によつて廃止され、遂に施行されるに至らなかつたので、河川法制定当時未だ法律の施行期日及び施行区域に関する特別の法規がなかつたこと、そして法律は周知期間を置くは格別本来公布によつてその拘束力を生じ、旧憲法の下においても同法第六条に明定するとおり法律を公布しその執行を命ずるのは天皇の大権に属していて、公布によつて拘束力を生じ、これを執行しまた遵守すべきものとしていたことに徴すると、河川法は公布された当日をもつて我が国全土に施行されたものと解するのが相当である。所論は河川法は第六四条第一項において同法施行の期日及び区域につき特別の定めをしているのに未だ所定の施行手続がなされていない旨縷説する。なるほど、同法は同条項において「此ノ法律ノ全部若ハ一部ヲ施行スヘキ区域及時期ハ主務大臣之ヲ定ム」と規定している。然し、若しこれを所論のように同法の施行に関する規定と解すれば、当該法律の規定によるとはいえ、主務大臣において同法の施行期日及び施行区域を定めることとなるが、前記のとおり旧憲法下においては法律の施行は天皇の大権事項に属していて、当該法律の施行期日及び施行区域を定めることを他に委任する場合はすべて勅令または法律に委任すべきものとし、勅令以外の命令に委任するというが如きことはなく、かつ、ひとり河川法についてのみ別異の形態を採るべき何らの理由もないことに徴すると、所論のような解釈には到底賛同することはできない。しかも、同条項はひつきよう同法第一条所定の同法にいわゆる河川とするため主務大臣が行なう認定の方法に関する規定であつて、同法の施行に関する規定ではないと解することが可能であり、もとより同法の規定の配列、内容に不備の点の窺われることは否み難く、論旨が右条項をもつて施行規定であるとする論拠にも必ずしも傾聴に値しないとして無下に排斥し得ないところがあるとしても、前記の解釈が同法の解釈上最も合目的的であると思考される。即ち、同法第一条は同法の適用を受ける河川の定義を規定すると共に主務大臣において公共の利害に重大な関係ありや否を勘案して河川たるの認定行為をなすべき旨を規定しているものの、右規定自体としてはその具体的な方法を定めたものではないから、同法第六四条第一項において主務大臣が河川の認定をするには同河川の特定の部分、即ち、治水政策の必要性に従い同河川の上下の延長のうち一定の区間(同法第二条により地方行政庁の認定すべき河川の横の区域ではない)及びその適用の期日を定むべきものとしたと解するのが相当である。してみると、河川法はそれ自体施行期日及び施行区域につき特別の定めをしなかつたものと解すべきであるから、これと異なる見解に立ち、中津川には河川法が施行されていないことを前提とする所論は失当たるを免れない。なお、中津川について地方行政庁が河川区域の認定をしていて、河川法上の河川区域の存在することは後記二において詳述するとおりである。さすれば原判決には所論のような法令の解釈、適用を誤つた違法はない。論旨は理由がない。<以下略>(松本勝夫 海部安昌 石渡吉夫)